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第2章 被曝を防ぐために今、始められること
国際的には「直線仮説」が有力
このように、「被曝イコール体に悪い」とは単純にいえません。問題はその被曝の程度です。
人体が放射線にさらされると体内で活性酸素やフリーラジカル(不安定な不対電子を安定させるために周囲の原子と連鎖的に結合するため、ミトコンドリアや遺伝子に損傷を与える)といったものが作られ、それらがミトコンドリアや遺伝子、細胞に損傷を与えます。
人体には、その損傷を修復する機能が備わっているので、通常の生活で受ける程度の被曝線量であれば何ら問題はありませんが、一度に大量の放射線を受けてしまうと修復能力が追いつかず、細胞分裂が正常にできなくなり、骨髄や内臓などの機能が低下します。
これが放射線障害と呼ばれるものです。
この放射線障害を防ぐために、ICRPは一般人の被曝限度を年間1ミリシーベルトと定めていますが、実際に人の健康に影響が出始めるのは、年間100ミリシーベルト以上の被曝を受けた場合であるといわれています。
具体的には、その線量の放射線を受けると、ガンになる確率が0・5パーセント高くなるのです。つまり、1万人の人が100ミリシーベルトの放射線を受けると、そのうちの50人は被曝が原因でガンになるということです。
では、年間100ミリシーベルトを下回っていれば健康被害は皆無なのでしょうか?
現在のところ、年間100ミリシーベルト以上の被曝と発ガンには明確な相関関係が認められていますが、それ以下の低線量被曝のデータは少なく、その発ガンリスクについてははっきりとはわかっていません。というのも実は、低線量被曝の影響についてはいまだ不明な点が多いからです。
放射線による健康被害には、原発作業者などが大量に被曝して数週間以内に症状が表れる「急性障害」と、付近住民が低線量被曝を受けて数か月〜数十年先に症状が表れる「晩発性障害」があります。
このうち後者では、線量計で被曝線量を測定したり、長年にわたって測定追跡をしたりすることが難しいため、これまではその影響がよくわかっていませんでした。
そこで、今のところ仮説として、被曝線量が年間100ミリシーベルトまでは発ガンリスクはほとんどないけれど、それを超えると急上昇するという「しきい値仮説」と、100ミリシーベルト以下であっても、被曝線量に比例して発ガンリスクが増していくとする「直線仮説(LNT)」の二つが提唱されています。
どちらが正しいのかはまだ結論が出ていませんが、国際的には「直線仮説」が有力であるようです。つまり、年間100ミリシーベルト以下の被曝であっても、健康被害のリスクがあるという考え方です。
事実、広島と長崎の被爆者を対象にした長期間の調査や、15か国、40万人の原発作業者を追跡調査した結果では、比較的低い被曝線量であっても発ガンリスクが高まると報告されており、「直線仮説」を裏付けています。
前ページの表は被曝線量ごとの年齢別死亡率をまとめたものですが、100ミリシーベルトに満たない場合でも、被曝線量に比例して死亡率が高くなっていくことがわかります。
なお、アメリカで原発周辺の乳ガン死亡率を調査したところ、ほかの地域に比べて死亡率が高いこともわかっています。
それらの原発は事故を起こしたわけではないので、環境に放出された放射線量はさほど多いわけではありません。それにもかかわらず乳ガン死亡率が上昇したことは、低い被曝線量であっても何らかの健康被害が生じる可能性を示唆するものだといえます。
したがって、年間100ミリシーベルトに達しなければ健康被害がない、と考えるのではなく、無理のない範囲で可能な限り被曝を避けた方がいいといえるでしょう。